参章・発現
次の日、彼は兄に謝られていた。
「勇樹、本当に悪かった」
力を暴走させてしまう、つまり自分の能力をコントロールできないということは、死神である兄にとってはとてもショックなことらしく、兄はかなり落ち込んでいた。
それでも彼――勇樹を怯えさせ、怪我をさせたことに対しては一応、よそよそしくだが珍しく謝っているのだ。
だが、兄が謝っているのはそのことだけではない、と勇樹は思う。
兄はきっと、憎んでいる男の復讐に行こうとしている。
だから、勇樹の前から姿を消すことも、というよりむしろ勇樹の前から姿を消すことを、謝っているのだろう。
櫻子・武志を担いだ凜は、森を出たところにある古い蔵に入った。
その家は凜が所有しているものであるらしく、外見とは裏腹に中は新築と見まごうほどに綺麗だった。武志が気がつくまで様子を見ようということで、櫻子は布団に寝かされた武志を見ていたのだが、気が緩んで寝てしまっていた。
その櫻子の眠りが浅くなってきた頃、
「……れ……したか?」
声が聞こえた。
「よく眠れましたか?」
どうやら凜が武志に話しかけているらしい。
「まあ……な」
「じゃあよかった。あなたには聞きたいことがあるんです」
答えた武志にまた話しかける凜の口調が、心なしか強い気がする。
「ちょうど櫻子様も寝ていることですし」
――え!?
櫻子は思わず抱えていたクッションに顔を埋めた。
今から凜が話すことはどうやら櫻子にあまり聞かれたくないものらしい。
「須田さん、あなたは」
櫻子の心臓の動きがはやくなる。私に聞かれたくないことってなんなんだろう。
「人間じゃないですよね」
――え?
凜の言葉に櫻子は驚き、声をあげそうになった。武志はしかし別段驚いた様子もなく、黙している。
「どうなんです?」
「……」
凜は武志に迫った。その口は笑んではいるが、先程櫻子に見せていたような柔らかい笑みではなかった。
武志は暫くは口を閉ざしていた。
しかしやがて諦めたように言った。
「そうだ。俺は……人間じゃない」
静かな肯定だった。櫻子は息を呑む。
「本当の姿、僕に見せてくれませんか?」
「……」
凜の提案に、武志は再び押し黙る。
――お兄ちゃんの本当の姿?
櫻子は不安を覚えた。目はもう完全に冴えている。
「それはできない」
武志は無表情のままで答えた。それを聞いた凜は、顔はまだ笑っているものの、さらに冷たい笑みになった。すくなくとも櫻子にはそう見えた。
「ならば無理にでもならせてやる」
凜はそう言うと、どこからか札のようなものを取り出した。そして札に何かを念じるように呟き、カッと目を見開いた。
寝転んでいた武志がガバッと起き上がったのはそれと同時だった。それをみた凜はにやりと笑い、叫ぶ。
「本性を表せ!」
すると武志の首筋に、黒い刻印のようなものが浮かび上がった。
「来ましたね」
凜は途切れることなく呪文を唱える。淡々としたそれは凜の口から流れ出ると武志を苦しめるようだった。
「うぁー!」
呪文に即発されたように武志の刻印は熱を持ち激しく疼く。武志はたまらず呻き声をもらした。首筋を押さえて蹲り、発狂したかのように鋭く叫ぶ。
「やめろぉぉ!」
「お兄ちゃん!」
櫻子は武志を呼んだ。無論、その声は武志には届いていない。声を聞き分ける余裕など武志には無かったから。
刹那、武志の周りがもくもくと灰色の煙におおわれる。
そして次の瞬間櫻子が見たのは、黒い羽根があり槍を持った死神だった。が、その姿はまぎれもなく武志、だった。
「ごめんな、櫻子」